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【記者コラム】GP優勝の郡司 南関単騎で冷静に

 25年のKEIRINグランプリは地元・郡司浩平の鮮やかな捲りで決まった。南関勢は1人だけで単騎戦となったが、それが逆に冷静な判断につながったように思う。

 古性優作がスタートを奪って寺崎浩平―脇本雄太―古性―南修二の近畿勢が前受け策。以下、郡司―阿部拓真―真杉匠―吉田拓矢―嘉永泰斗の並び。こうなった時点で真杉―吉田の関東勢は早めに仕掛けざるを得なくなった。「2分戦で向こうが4車で内枠。どうにか崩したかったけど…」と真杉。突っ張った寺崎は叩けなかったが、結果的に脇本の位置で外併走し最終ホームで番手を奪取。近畿ラインの分断に成功した。

 その後は寺崎と真杉の激しい踏み合い。ここで最後方の嘉永が仕掛けた。「寺崎君と真杉君の決着がつかず、ゴチャッとした展開が長かったのですが、嘉永君の姿が見えてからは焦って自分も前に踏みました」と郡司。嘉永を追いかける形で郡司―阿部がスパート。嘉永が最終バックで出切ると、さらにその外を捲り、阿部の追走をしのいで押し切った。郡司は「思った以上に自転車の出が良かった。最後の半周は嘉永君が出切ったところで、自分も押し出されるような感じで外に持ち出せた。そこからは必死でした。後ろに阿部君がいることも分かりましたが、抜かれないようにうまく駆けられた。余裕を持って走れていたので、最後までしっかり踏めました」と振り返った。

 ここからはタラレバ。南関勢が2人以上でラインができていたら、郡司が前でも番手でも、仕掛けはもう少し早くなっていただろう。嘉永よりも郡司が先に仕掛けていたら、阿部か嘉永が勝っていたかもしれない。いずれにせよ見応えのあるグランプリだった。

 ◇鈴木 智憲(すずき・とものり)1967年(昭42)9月25日生まれ、愛知県出身の58歳。92年スポニチ入社。97年から2年間競輪記者を経験。当時は神山雄一郎、吉岡稔真が東西の横綱として君臨していた。24年4月に26年ぶりに現場復帰。

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